
【17日】上高地―水俣乗越―北鎌のコル(幕営)
【18日】北鎌のコル―槍ヶ岳山荘(幕営)
【19日】槍ヶ岳山荘―下山
某山岳クラブに属する女性1名(以下S氏)が当日塩飽と会話したことを報告して下さいました。
以下、S氏とその他当日北鎌に登られていたパーティーからの報告による記録です。
| 12:00頃 | 塩飽、水俣乗越着。 15分休憩とる。 |
| 12:03 | 塩飽、「水俣乗越着、順調なり」と友人にメールを送る |
| - | 後着のS氏と話す。S氏の「北鎌沢でテン泊する」の答えに塩飽は「じゃぁあとで」と答えた。 →塩飽登山計画書では北鎌のコルでテン泊予定だった S氏は以降天上沢に降りて行った人は見ていない |
| 12:10〜15頃 | 塩飽乗越下降。「ではまた後ほど!」という会話をしたと思う。 単10mほど下の雪渓部分で5分ほど停滞。(アイゼンをつけていたと思われる)。 これ以降誰も見ていない |
| 13:00 | S氏ら乗越下降。 見通しはかなり良好だったが、すでに塩飽の姿はみられなかった。 |
| 15:30 | S氏ら北鎌沢出合着 (塩飽以外では一番最初と思われる) 会話の内容では、塩飽に会うハズだったが、塩飽は居なかった。 ここでS氏らテン泊。 |
| 04:00 | S氏ら北鎌沢へ(S氏らの集団が一番最初に取り付いたものと思われる) |
| 07:00 | S氏ら北鎌コル 着 |
●塩飽より先に水俣乗越から行ったパーティーがいるかは、今のところわからない(他のルートはわからない。)
17日に北鎌のコルにいたパーティはいなそう。
●17日の天上沢宿泊人数は15人(連絡済)、大天上ヒュッテガイドパーティー6人(未連絡)、千天出合1名(連絡済)である。
●天候
雨が降ったり日が照ったりという忙しい天気だった。霧はそんなに出てなく、視界はあった。夕方テン場(天上沢出合い)に着いた時、槍は雲の中だったが北鎌の稜線は見えていたという。
●沢
天上沢の下流の流れはかなり激しかった。しかし17日に渡渉しているパーティーがいることから場所を選べば渡渉は可能だったと考えらる。
18日の北鎌沢出合〜貧乏沢出合あたりは、大の男が流されるような水量ではなかったとも発言あり。
千天出合から高瀬ダム方面のほうが水量は多く、渡渉できないパーティーもいた。
雪解けに加え、西鎌の稜線付近でも雨が降ってたので、水量はお昼ごろから午後にかけてがいちばん多かった模様。
同時に17日の北鎌沢の水量も多かったらしく、夕方から登るのは、かなりリスキーだった。S氏はあの水量であの時間で登ったとは思えないとの事。
18日はさほどでもなかったらしい。但し、右俣から、北鎌のコルまでの行程の3分の2位までは水流があった。
●とりつき
17日あるいていた人は左岸に注意して歩いていても、北鎌沢だとはわからなかったという意見あり。ほかの情報でも無名沢(仮称)にとりつきそうになったという話あり。
●携帯電話の状況
docomoの電波は水俣乗越〜北鎌沢出会〜北鎌のコルまで通話不能、コルから槍の穂先までは結構通じる。
●18日の北鎌のコルの状況
整地されたテン場にテントやペグの跡,四隅の大きな石などはなかった。
また、食べ物の残りかすや、キジなど人がいたような形跡も見受けられなかった。
コルはとてもきれいで、直前まで人がいたようには感じなかった。
●塩飽がヘルメットをかぶっていたかは不明。
塩飽は「帽子を忘れたから暑い」とS氏に言っていた。